平衡感覚と頸椎性めまい


コップやペットボトルのように、ある程度、底面積が広く、固まった物体はテーブルの上などで不動に立っています。

 

人は2本足という不安定な状態で揺れながら立っています。

 

人は不動に立つ事は出来ません。

 

絶えず揺れながらバランスを保ち生活しています。

 

めまいは、体のバランスを保つ働き(平衡感覚)に障害が起こると生じます。

 

平衡感覚が完全に傷害されると、人は座る事すら出来なくなります。

 

最終的には倒れて横になり、不動の安定を求めるようになります。

  

平衡感覚は耳の中の前庭器官からの感覚、目からの視覚、筋肉や関節からの深部感覚(固有感覚)の3つの情報を脳が適切に統合する事で成り立っています。

 

*深部感覚とは、手や足や体幹がどの位置にあるか(位置覚)、今どのように動いているか(運動覚)、どの位の抵抗感や重さ速さがあるかなどを感知する感覚です。

 

これらの中の何処が障害されても、めまいが起こります。

 

めまいは色々な原因で起こりますが、原因が特定出来ないめまいの多くは頸椎の障害に起因すると考えられます。

 

「前庭器官」


耳の奥(内耳)の平衡感覚に関わる前庭器官は、三半規管、球形嚢、卵形嚢で構成されます。

 

三半規管は3本の輪のような半規管で構成されます。

 

半規管の卵形嚢への移行部は少し膨らんでいて、その中に有毛細胞が存在します。

前庭器官

この有毛細胞はゼラチン状の物質で包まれ、これをクプラと呼びます。

 

半規管の中は内リンパ液で満たされています。

 

頭が動くと、慣性の法則でリンパ液が流れ、これによりクプラが動かされ、その動きを有毛細胞が感じ取り神経に伝えられます(図2)。

 

球形嚢と卵形嚢には球形嚢班、卵形嚢班があり、そこに耳石器が存在します。

 

耳石器にも有毛細胞があり、ゼラチン状の膜で包まれ、その上に耳石という炭酸カルシウムの結晶が乗っています。

 

頭が傾くと耳石が動き、ゼラチン質が変形します。

 

その耳石の動きによるゼラチン質の変形を有毛細胞が感じ取り神経に伝えられます(図3)。

 

「三半規管」


三半規管

3本の半規管は互いに直行しています。
前半規管と後半規管は前後軸に対して45°ほど傾いています(図4)。

 

又、外側半規管は、ほぼ水平に位置しています。

 

外側半規管は横方向に頭が回転した時に(顔を横に向ける)、内リンパの流れが生じます(図4)。

 

前半規管と後半規管は前後、左右、斜めの縦方向に頭が回転した時に内リンパの流れが生じます(図5)。

 

この流れを、クプラの中の有毛細胞が感じ取り、あらゆる方向の頭部の回転運動を感知します。

 

三半規管が障害されると、回転性めまいを起こします。

 

「卵形嚢と球形嚢」


卵形嚢・球形嚢・耳石

卵形嚢班は水平に位置し、球形嚢班は垂直に位置しています。

 

卵形嚢班と球形嚢班は、頭の傾きだけでなく直線運動の加速度も感知します。

 

卵形嚢班は前後左右の水平面方向の動きを感知し、球形嚢班はジャンプや階段の上り下りなどの上下の垂直面方向の動きを感知します。

 

耳石器が障害されると、ふわふわするようなめまいを起こします。

 

「筋紡錘(深部感覚受容器又は固有受容器)」


筋肉の中には筋紡錘というセンサー(深部感覚受容器)があります。

 

筋紡錘は全長6~8mmで、紡錘形をしています。

 

筋紡錘の中には、2本~12本(図7では3本)の錘内筋線維(3種類)が存在し、2種類の感覚神経と4種類の運動神経により構成されています。

 

筋紡錘は筋肉の線維(錘外筋線維)と平行に並び、両端が筋肉の線維に付着しています。

筋紡錘

筋紡錘の中の錘内筋線維の両端は筋肉の線維で出来ており、収縮する事が出来ます(図7茶色の部分)。

錘内筋線維の中央部には筋線維は無く、感覚神経が付着しています。

 

筋肉(錘外筋線維)が伸ばされると筋紡錘も一緒に伸ばされ、真ん中の青色の神経が付着した部分が変形します。
感覚神経は、この変形を感知して脳・脊髄へ情報を伝えます。

 

逆に、筋肉が縮むと錘内筋繊維がたるみ、張力が加わらなくなる為、筋紡錘が働けなくなります。


その為、脳・脊髄は筋紡錘の感度を維持するように、γ(ガンマ)運動神経を介して錘内筋線維を収縮させて感度を調節しています。

 

筋紡錘には、筋紡錘の長さの変化を感じ取り、動的(筋肉を収縮させる)に姿勢を調節する動的反応と、筋肉の長さを感じ取り静的(筋肉の長さを変えず緊張を維持する)に姿勢を維持する静的反応があります。

 

*筋紡錘は各運動単位に1つ用意されており、その運動単位の大きさに合った種類の筋紡錘が存在するという考え方もあります。

 

その他、関節の中や腱の中(腱紡錘など)にも姿勢を維持するセンサー(深部感覚受容器)が沢山あります。

 

筋肉が収縮した状態を長時間維持すると、筋紡錘の錘内筋線維が過度に短縮して過敏になります。

又、長時間伸長された状態で維持されていると、錘内筋線維が引き伸ばされ続けて感度が落ちると考えられます。

 

長時間悪い姿勢を続けて、動き始めに傷める事が多いのは、この影響も考えられるでしょう。

 

筋肉は伸ばされ過ぎず、縮み過ぎない、中間位に保つ必要があります(良い姿勢)。

 

「視覚」


人は視覚によって空間での身体の位置や動きを認識する事が出来ます。

 

しかし、視覚だけの情報では周囲が動いているのか、自分が動いているのか判断する事は出来ません。

 

前庭器官や筋肉と関節からの感覚で自分の動きを認識します。

「前庭神経反射による姿勢調節」


前庭動眼反射

頭が動くと、その動きを前庭器官が感知します。

脳は視線を維持する為に、頭の動きと反対方向へ眼球を反射的に動かします。

 

前庭頚反射

バランスを崩して倒れそうになる時など、頭を倒れる方向と反対側に戻して、頭を垂直に維持する反射です(迷路性頭の立ち直り反射)。

 

前庭脊髄反射

バランスを崩して倒れそうになる時など、手や足や体幹を動かす事でバランスを回復させる反射です。

 

「視覚による姿勢調節」


視蓋脊髄反射

目から入ってくる映像の動きにより、体を動かして姿勢を調節します(視覚性立ち直り反射)。

*目を閉じるとバランスが悪くなるのは、この反射が欠如する為です。

 

「頚反射による姿勢調節」


非対称性緊張性頚反射

顔が向いた方の上肢と下肢は伸展、反対側の上肢と下肢は屈曲する反射です。

*腕相撲の時に、力を入れて曲げようとしている腕の反対側を向くと、力が入り易くなります。

 

対称性緊張性頚反射

頭を反らせた時は、両上肢は伸展し両下肢は屈曲します。

 

頭を前屈した時は、両上肢は屈曲し両下肢は伸展する反射です。

 

体に作用する頚の立ち直り反射

猫を空中で背中を下にして手放すと、まず最初に、頭を地面に対して垂直に戻します(前庭頚反射)。

 

これにより頚にねじれが起こり、この頚のねじれをセンサーが感知して体を立て直し着地します。

 

この頚のねじれに対して体を立て直す反射です。

 

このように3つの感覚情報が脳・脊髄で反射的に調節されてバランスを保っています。

 

頭の位置や動きは、視覚や前庭器官からの情報により感じ取ります。

 

又、体の位置や動きは、体幹、上肢、下肢からの深部感覚の情報により感じ取っています。

 

頚は頭と体をつなぎ、頭の動きと体の動きを統合して姿勢の調節に貢献しています。

 
頚反射は、前庭器官を破壊しても起こりますが、上部3つの頚神経後根(首からの感覚を伝える神経)を切断すると起こらなくなると言われています。

 

上部3頸椎の機能が異常となると頚反射が障害され、頭と体の動きの統合が取れなくなり、めまいが起こると考えられます。

 

*特に筋紡錘の多い深部の小さく赤い筋肉と関節からの深部感覚(固有感覚)情報が重要です。

 

しかし、胸鎖乳突筋は表層にある首の筋肉ですが、この筋肉が悪くなるとめまいが起こる事もあるようです。

 

胸鎖乳突筋と僧帽筋上半部は脳神経に支配されていて、脳神経の一つである前庭神経と密接な関係にあると考えられます。

 

又、この筋肉からの感覚神経は上部3頸椎に入ります。

 

原因を特定出来ないめまいは、上部頸椎を触診して異常があれば矯正してみると良いでしょう。

 

深部の筋肉は、頸椎を正しい方向へ動かす事により矯正する事が出来ます。

 

鍼治療では、経絡や神経の反射を使って深部の筋肉を治療する事も出来ます。

 

「椎骨動脈性めまい(椎骨脳底動脈循環不全)」


椎骨動脈

頭を伸展させて、首をねじった際に、首の骨の中を走り、脳へ行く血管(椎骨動脈)の表面を囲む交感神経線維(血管を収縮させる自律神経) が刺激されて、めまいを起こす事があります(図8参照)。


前庭器官からの情報を受け取る神経細胞の集まり(前庭神経核)のある脳幹部と小脳(体のバランスを調節)、視覚を司る大脳後部(後頭葉)を循環するのが椎骨動脈と、そこから移行する動脈(脳底動脈・後大脳動脈)です。

 

動脈硬化や頸椎の骨が変形し、骨の棘が出来ている人(変形性頚椎症)は特に注意が必要です。

 

首をひねる事により椎骨動脈の中に出来ていた血栓が剥がれて、脳梗塞の原因になる事もあります。

 

*首を強くひねるような矯正治療は避けた方が良いでしょう。